2025年2月26日に管谷怜子さんの2ndアルバムとなる「ベートーヴェン巡礼2027 Vol.1」が発売になります。
この作品は、ベートーヴェンの三大ピアノソナタ「月光」「悲愴」「熱情」を収録しています。2027年にベートーヴェン没後200年のメモリアルイヤーを迎えるにあたってベートーヴェン・ピアノソナタチクルス(全32曲の連続演奏)を始動する位置づけとなる作品です。
管谷怜子
ベートーヴェン巡礼2027 Vol.1
三大ピアノソナタ [月光] [悲愴] [熱情]
レコーディングは、2024年7月17~19日にかけて3日間で行いました。収録地は1stアルバムと同様、新潟県十日町市・越後妻有文化ホール「段十ろう」です。
1stアルバムでは、管谷さんにとってレコーディング自体が初めてだったこともあり、緊張がぬぐえない様子でしたが、今回のレコーディングでは慣れ親しんだホームグラウンドに戻ってきたような雰囲気もあり、存分に管谷さんの音楽を追求できたのではないかと思います。
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ピアノはヴィンテージのニューヨーク・スタインウェイCD368(1912年製)で、タカギクラヴィア株式会社から持ち込みして頂きました。数多くの巨匠達が素晴らしい演奏を繰り広げたクラシックピアノ黄金期に製造されたピアノで、今日ある一般的なピアノでは決して出せない音色と響きを持つピアノです。
CDとはスタインウェイConcert & Artists部にあるD型という意味で、販売用ではなく、製造段階からアーティストに貸出すことを目的とした特別なピアノです。カーネギーホールをはじめ数多くのステージやレコーディング専用として活躍してきました。製造されてから113年ほど経過したヴィンテージモデルですが、タカギクラヴィア株式会社の手により、当時活躍していたままの響きを取り戻し、こうして今日でも第一線のレコーディングで活躍を続けています。
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今回のレコーディングでは新たな取り組みにもチャレンジしました。3日間あるレコーディング日程で、前2日を通常のセッションレコーディング、そして最終日をお客様をホールに招いた公開レコーディングとし、CD制作の現場を皆さまと共有してレコーディングを行いました。
このアイディアには2つの動機がありました。ひとつは、多くの音楽ファンの皆様にレコーディングの現場を目撃して頂きたいということ、そしてもう一つは、二度と訪れない時間の中で、音楽の一回性をレコーディングに活かすことです。
普段はスタッフとしてレコーディングを行う作業者ではありますが、一歩さがって客観的に考えると、レコーディング現場というのは、極めて純化された音楽を体験できる場であり、また、演奏者の音楽世界を凝縮した密度で感じることが出来る場です。
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私は常々、こうした場を多くの音楽ファンの皆様に体験して頂きたいと考えていました。張りつめた緊張感が漂う中でベストなテイクを残そうとするレコーディング現場では、外部の人間が立ち入ることなど論外という向きがありますが、公開レコーディングのアイディアを管谷さんに打診したところ、幸いにして、むしろポジティブにとらえて頂き、この場が実現しました。ネット配信も同時に行いましたので、会場席のお客様だけでなく、遠方にいらっしゃる多くのお客様にもレコーディングの様子、音楽が生まれる瞬間を目撃して頂けました。
もう一つの動機である、音楽の一回性について。このテーマは私にとっては、永く考えながらも結論が出ていないテーマです。編集技術が進展した今日において、いわゆる完全性を担保した音源制作はたやすく実現可能になっていますが、そこには得るものと失うものがあるのではないか。そして失うものは今日においても見逃すことができないのではないかと考えてきました。時間芸術と言われる音楽の連続した時間を分断することへの疑問と言ってもいいかも知れません。
しかしながら、編集技術の恩恵は確かにあり、生命感を棄損することなく、いかに洗練した音楽にまとめるかという葛藤が常に私の中にはあります。
今回実施した公開レコーディングは、いわば、一回性と編集技術のいいとこ取りをした拡張レコーディングとも言え、音楽が生まれる瞬間の生命感を取り入れつつも洗練した音源パッケージとしてまとめることを意図しました。
観客が見守る中で演奏するピアニストの精神的な状態変化も見逃せません。そこには人々に音楽を届けようとする演奏者の意思や観客へと向かう響きのベクトルが現れてくるように思います。
その意味で、観客を迎えた時の管谷さんの演奏は、ギリギリまで攻め込むようなスリリングさ、そして、高貴な静謐が空間を満たす時間が現れたりと、様々な表情があることを知っていましたので、収録当日にマジックが起こるのではないかと期待して公開レコーディングに臨みました。
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結果の出来栄えは皆さまの判断に委ねたいと思いますが、私としては、期待以上の仕上がりになったと思っています。公開レコーディングのテイクは月光1楽章や悲愴2楽章をはじめ多くのテイクが採用となりました。
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管谷さんはもちろんのこと、その場にいらっしゃったお客様の皆さんと共有した時間がCDとしてパッケージされていますので、是非、お手に取って頂きたいと思っております。
公開レコーディングは地元の小学生を迎えた前半とチケットをご購入して頂いたお客さまを迎えた後半と計2回。セッションレコーディング2日間を合わせて、かなりタフな3日間だったと思いますが、手の疲労にも負けず堂々たるベートーヴェン三大ソナタを弾ききった管谷さんに拍手を送りたいと思います。
CDの音源から2曲、冒頭部分をご紹介します。
このCDを皮切りとして、管谷怜子 ベートーヴェン・ピアノソナタチクルス(全32曲)が予定されています。こちらも是非ご注目ください。
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本当にこのホールのアコースティックは素晴らしいですね。断片を聴いただけでも、奏者・楽器・音響すべてが高い水準にある逸品であることが分かります。